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「がんばる」は、いつから地に落ちたのか〜『いだてん〜東京オリムピック噺』第36回 前畑がんばれ

大河ドラマ『いだてん』ブログをお送りしています。



ロスのリベンジを期待して、前畑秀子選手の元には日本国中から電報が届きます。プレッシャーに押しつぶされそうになりながら、電報を飲み込んで力に変え、競技場へ。一方、ヒトラーから金メダルを期待される、ドイツのマルタ・ゲネンゲル選手。どちらも絶対に譲れない女子200メートル平泳ぎレースの行方はー。


<あらすじ>
ロサンゼルスオリンピックの雪辱を期す前畑秀子(上白石萌歌)は、経験したことのないプレッシャーと闘う。日本国中から必勝を期待する電報がベルリンに押し寄せ前畑を追い詰める。レースを目前にアナウンサーの河西三省(トータス松本)が体調を崩すが、田畑(阿部サダヲ)は前畑勝利を実況すると約束した河西の降板を断固拒否する。そして迎える決勝。ヒトラーも観戦する会場に響くドイツ代表への大声援。オリンピック史に残る大一番が始まる──。NHK公式サイトより)

「がんばる」のは悪いこと?

1月から『いだてん』を見た翌週には記事をアップするようにしていたのですが、9月はついにその習慣が崩れました。周回遅れではありますが、この連休で撮り溜めていた分を見直して、再来週から始まる最終章には、なんとか追いつきたいです。

と、いうことで、ドラマのオンエアは9月22日でしたけど、この記事は10月13日に書いているわけですね。
で、10月13日といえば、ラグビーワールド杯の第一次リーグ、日本VS.スコットランド戦がおこなわれました。

過去につきあっていた男友だちの影響で、野球はもちろん、サッカー、アイスホッケー、アメリカンフットボールの試合はたびたび生で見ています。見ているうちにルールも覚えるんですね。でも、ラグビーは知らない。ラガーマンとは付き合わなかったから。

あんまり知らないで見てましたが、おもしろい。アメフトにちょっと似ているのかな。

スコットランド戦は前半、21対7とリードして折り返し、後半開始早々に福岡がトライして追加点を入れ、28点にしたところまではよかったのですが。9分、14分と追加点を入れられ、ついに7点差に。こうなってからというもの、心の中で「がんばれ!がんばれ!」と唱えながら、テレビに向かって声援を送っていました。

もうね、「がんばれ!」と言うしかない。いや、「がんばれ!」しか言えない。
後半残り10分からは、心の声が口からあふれました。10分間、「がんばれ!」しか言えませんでした。

あのとき、前畑選手に「がんばれ!」と声援を送っていた日本中の人たちも、おなじような気持ちだったはずです。




「がんばる」という言葉のイメージがなんとなくネガティブなものになったのは、いつからでしょうか。おそらく、うつ病が「心の風邪」として広く認識されるようになった、2000年代頃からではないかと思います。

その頃、わたしは大阪の制作会社で東京支社長を前任者から引き継ぐことになりました。行ってみると支社のスタッフは8人。そのうち2人がうつで、1人が統合失調症で通院していました。会社を休みがちで、しかもいつ休むかわからない彼女たち。それでも締め切りは迫ってくるので、任せている仕事の進捗を確認したら、そのひとりにこんなことを言われました。

「がんばらないといけないのはわかってるんですけど、がんばれないんです。「がんばらなきゃ!」と思うと、動けなくなるんです。自分が悪いのはわかっています、申し訳ありません」

わたしは彼女に「がんばれ」と言ったことは一度もありません。プロとして仕事を請けている以上、がんばっても、がんばらなくても締め切りに間に合うように一定以上の品質の仕事に仕上げてくれれば、それでいい。ただ、人によっては、がんばることはそんなにもつらく、自分を追い詰めることだと知って驚いただけです。


その頃から、書店には「がんばらなくても〇〇できる」とか「がんばらない〇〇法」とかいったタイトルの本が並ぶようになりました。最近では『がんばると迷惑な人』とか『泣きながらがんばるあなたへ』とか『がんばる経営者が会社をつぶす』といったふうに、「がんばる」にはすっかりネガティブイメージが定着してしまいました。

「がんばる」も「がんばらない」も程度の問題で、その「程度」は一人ひとり違う。経験上、まったく「がんばらない」でできたことには大きな達成感も燃焼した感じもありません。でも、自分になんらかのハードルを課して、「がんばって」越えることができたらうれしいし、そんな自分がちょっと誇らしいし、自信も持てる。
個人的には、先日の「京都プラチナコレクション」の開催がまさにそうでした。そういう「がんばる」もいまは認められない空気なんでしょうか。

前畑選手に話を戻すと、彼女の「がんばり」は完全に常軌を逸しています。彼女の1日の練習量は、松田丈志選手がアスリート人生でもっとも「がんばった」2週間の量より多い。彼女はそれを4年続けたわけですから、とても考えられないと言っていました。

わたしにはとても考えられないし、できそうもありません。金メダルの人の「がんばり」は質も量も圧倒的です。じゃあ、水泳に無能のわたしが質量ともに圧倒的にがんばっても金メダルが獲れるとは思えません。自分にも社会にも役立つ正しい「がんばり」方かどうか。そこを見極められるかどうかで、「がんばる」が成長のスイッチになるか、自分を苦しめるサインになるかがわかれるのかもしれません。

 

「がんばる」にご褒美はあるのか

自分になんらかの負荷をかけることが「がんばる」とするなら、得られるものがあるから人は「がんばれる」のかもしれません。だとしたらその「ご褒美」はなんでしょうか。賞賛、名声、お金、そういうわかりやすいものがぶら下がっていたら、一時的にはがんばれるでしょう。でも、「がんばる」ってつらいばかりではなくて、その過程に「よろこび」「たのしみ」もあるんですよ。それがないと、がんばれない。むしろ、それがあるからがんばれる。

「がんばる」「努力」を数値化することはできませんが、常軌を逸した努力も前畑秀子にとっては、常軌を逸するほどではなかったと思います。なぜなら、それをやりきったわけですから。やりきる力があり、水泳が好きだったからできたのでしょう。

そんな彼女のことを理解できるのは、世界ひとりといえどもたった1人だけ。おなじプレッシャーを戦った、マルタ・ゲネンゲル選手だけです。
戦いが終わって、彼女は言います。

「また一緒に泳ぎましょうね」



がんばって、がんばって、がんばって、負けたのに、こう言える。これががんばる人が達する境地だと思いました。

ふたりは1977年に再会して約束を果たし、ともに1995年に亡くなります。地理的に離れていても、心の距離が誰よりも近いふたり。がんばっているときは、目先のことしか見えません。でも、ひとときに集中したことが、未来を拓いていく。それこそが、がんばった人にしか手にすることができないものではないでしょうか。


俳優ではない人たちの「がんばり」

『いだてん』には、本来、役者ではない人が多く参加して、演技を超えた演技を披露しています。記憶に新しいところでは、人見絹枝を演じた菅原小春さん。

今回、伝説の実況をおこなった、河西アナウンサー役のトータス松本さんも本業はミュージシャンです。デスクに身を乗り出したのはアドリブだったとか。ライブでノリにのったときの感覚だったのかもしれません。マイクを掴んだ姿のサマになり具合とか、実際の河西アナがどうだったかはわかりませんが、本人そっくり具合より、魂の近い感じを伝える配役なんですね。



異業種からの抜擢は、今後も古橋廣之進役の北島康介さんが控えています。フジヤマのトビウオって、わたしたちにとっての北島選手だ!と思いました。10月末ごろの登場のようで、楽しみです。


【今回のとりこぼし】
記録映像でなんども見たレースより、ドラマの方が説得力あったのは、VFX技術のせい?  大河ドラマはNHKにとってさまざまな技術を実験する場でもあるのかなと思ったり。そんなところをみるのも楽しみです。こんな仕掛けになっていたとは!



ベルリン大会中に亡命したり、大会が終わって自殺したユダヤ人も少なくなかったようです。政治とは無縁でいられないオリンピック。


第36回のサブタイトル/前畑がんばれ

前回紹介したベルリンオリンピックの記録映画『オリンピア』ですが、これに女子200メートル平泳ぎは収録されていません。

ドイツのゲネンゲル選手が期待されながらも銀メダルだったせいかもしれませんが、編集段階で切り捨てられてしまいました。そこで日本で公開された際には、配給元がニュース映像を挿入しています。こうしたお国事情を反映した独自バージョンが16種類存在するそうです。自国の選手が活躍するところを見たいですもんね、みんな(笑)。



ベルリンオリンピック出場当時、前畑選手が在籍していた椙山女子大学が製作したビデオがありました。日本公開された『民族の祭典』に収録されている映像と河西アナウンサーの実況も含まれているので、ご覧ください。



河西アナの「わが前畑嬢」って表現に時代を感じますね。いまは「わが」はまずいよね。つーか、「がんばれ」連呼も「心配でございます」もまずいでございます。それが許される時代だったし、それでオリンピックの熱気と興奮が多くの人に伝わって日本のオリンピック開催に繋がったのでございますけれども。


さて、次回のタイトルは『最後の晩餐』、いよいよあの人との別れが(泣)。
ネタが尽きない『いだてん』、次回もたのしみです!

※タイトル画像キャプチャ:NHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』公式サイト


■参考:
うつ病は日本でどのように広まってきたのか『うつの医療人類学』 北中淳子教授インタビュー(本多カツヒロ /WEDGE infinity 日本をもっと考える)
いかに日本はうつ病を信じるようになったか(クリストファー・ハーディング/BBC NEWS JAPAN:2016年08月4日)
河西三省 前畑ガンバレ【オリンピック レガシー 人物編】(山本浩/笹川スポーツ財団)

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