人生は、クリエイティブ・ディレクション:50代からの「おしゃれの学校」

みんなの大河〜『いだてん〜東京オリムピック噺〜』最終回 時間よ止まれ

大河ドラマ『いだてん』ブログをお送りしています。

1964年10月10日。世界中の秋晴れを全部東京に持ってきたような晴天に恵まれ、東京オリンピックは開会式を迎えようとしていた。待ちきれないまーちゃんは国立競技場に一番乗り。スタンドに続々と集まる懐かしい顔と顔…。同じ頃、芝で『富久』を演じる志ん生の前に、1年半ぶりに五りんが現れ…。
閉会式では、高揚した選手たちが自由気ままに会場に乱入。嘉納先生の幻に「これが、君が世界に見せたい日本かね」と問いかけられたまーちゃんは答える。「はい。いかがですか?」
東京オリンピックが終わった3年後、池部家にストックホルムのオリンピック委員会から手紙が届く。それは、レース中、行方不明になった四三にゴールを要請するものだった。スヤを伴って55年ぶりにストックホルムを訪れた四三は晴れやかな笑顔でテープを切る。


<あらすじ>1964年10月10日。念願の東京オリンピック開会式当日。田畑(阿部サダヲ)は国立競技場のスタンドに一人、感慨無量で立っていた。そこへ足袋を履いた金栗(中村勘九郎)が現れ、聖火リレーへの未練をにじませる。最終走者の坂井(井之脇 海)はプレッシャーの大きさに耐えかねていた。ゲートが開き、日本のオリンピックの歩みを支えた懐かしい面々が集まってくる。そのころ志ん生(ビートたけし)は高座で『富久』を熱演していた──。NHK公式サイトより)

 

祭は終わらない

期待通りに期待以上だった最終回。視聴率が歴代大河の最低を更新したにもかかわらず、放送後は“#いだてん最高じゃんねぇ”がツイッターの国内トレンド1位になったばかりか、トップ20以内に“#いだてん”“#ストックホルム”ほか『いだてん』関連が複数ランクイン。なかでも目を引いたのが、5位“#美川”。出演してないのにトレンド入りするとは、さすが愛されてるみんなの美川。

放送が終わった夜9時を過ぎると、“#いだてん最高じゃんねぇ”は世界トレンド3位へ。記念にキャプチャをとっておけばよかった。 

週が明けても、“#いだてんクラスター狩り”でタイムラインは大盛況。そうでもしなければ、このぽっかりあいた胸の内、どうしてくれよう(笑)。

こんなに毎週が楽しみだった大河ドラマは初めて。見終わって感謝したくなる作品なんて、めったにありません。制作陣や出演者のみなさんには『いだてん』を世に送り出してくれてありがとうございますと、感謝の気持ちでいっぱいです。

シナリオを読むと、おもしろさがもっとひろがる

『いだてん』ロス対策に、「『いだてん』完全シナリオ集」を買いました。


宮藤官九郎さんのオリジナルではあるけれど、ドラマはやはり演出と編集と演技が一体になった化学反応の産物ということが、シナリオを読むと改めてわかります。このシナリオは決定稿なので、撮影や編集でカットされたり、変更した部分は反映していません。実際に放映された部分とは違っている箇所が多々あり、比べながら読むのが楽しいんです。



たとえば国旗考証のスタッフであり、ドラマの登場人物でもある吹浦忠正さんの本には、ドラマの「ネタ元では?」というエピソードがたくさん登場します。金、銀、銅を1国が独占してもいいように、どの国も3枚ずつ旗を用意していたとか、参加できなくなった北朝鮮やインドネシアの旗もすぐ取り出せるように指揮室に置いていたとか。


これらはあくまで「素材」であって、どこをどう削ぎ落とし、あるいはどうふくらませていくかで、心に響くエンターテインメントになるか、ならないかが決まります。国旗掲揚の際に、窓辺に駆け寄って北朝鮮とインドネシアの旗を広げたのは、吹浦役の須藤蓮さんの演技だそうです。なにしろシナリオには、

吹浦「(至福の表情)」
ー宮藤官九郎(NHK大河ドラマ『いだてん』完全シナリオ集 第2部より


としか書いてない。このシーンに限りませんが、クドカンはト書きが少ない。シナリオの第2部のインタビューで阿部サダヲさんも「少ない」とおっしゃってるので、そういう作風なんでしょう。そのぶん、演出家や役者の力量が問われる。

ここは全国旗が掲揚されて、国旗オタクがうっとりしているだけではなく、ふたつの旗を揚げられなかった悔しさを読みとって須藤さんが演技に反映しているんですね。うれしいんだけど、悔しさも伝わる、印象的なシーンでした。

あと、東龍さんが午前中にインドネシア選手団を見送りに羽田に行ったシーン。開会式当日の午前中に、都知事が国立競技場で待機してなかったとは驚きの史実ですが、そんなふうに礼を尽くすのが東龍さんの人柄。どんな本にも「東龍さんは人柄がいい」と書いてありました。

シナリオでは東龍さんとアレンとの間で、状況説明的なやりとりがもう少しあるんです。
ドラマでは、あっさりしていましたが、インドネシア選手のひとりが「ハリマヤスポーツ」のロゴ入り紙袋を持っていたのを発見。ただそれだけで、もしかして来日中にハリマヤに行ったのかな、それとも日本の陸上の関係者が何かを贈ったのかなと考えさせられます。小道具ひとつあればセリフをいくつかカットできてしまう。アレンの笑顔で、まーちゃんの「次は必ず出てもらおう」というセリフも希望にあふれたものに聞こえました。来年のオリンピックでインドネシア国旗や選手団を見て目をうるませている人がいたら、間違いなく『いだてん』視聴者でしょう。

さらに、国立競技場でロス大会に参加した懐かしい面々が揃いますが、シナリオではみんなの近況が語られます。前畑秀子が医者と結婚したとか、大横田は自衛隊の総指揮官になり、五輪の警備を担当しているとか、かっちゃんも鶴さんも五輪の委員をやってるけど、入場行進に参加するのは遠慮したとか。


シナリオを読んでいなくてもドラマは楽しめますが、読むと製作の背景が垣間見えておもしろい。こういうシナリオ集は放送内容に合わせたものより、決定稿の方が編集のすごさがわかります。

クリエイターたちのオリンピック

 大河ドラマで、1964年の東京オリンピックが描かれることを知ったときから、オリンピックに関わったクリエイターたちの仕事ぶりが見られることを楽しみにしていました。実際、亀倉雄策さん、丹下健三さん、市川崑さんなどがキャラクターとして登場。勝見勝さんがディレクションしたピクトグラムは、紀行で解説がありました。

洩れてしまったのがインダストリアルデザイナー・柳宗理さんによる聖火のトーチと望月靖之さんデザインの公式ユニフォームです。とくに公式ユニフォームは長年、VANの石津謙介さんデザインが通説になっていて、服飾関係者でもそう信じている人がいるため、誤解が解ける絶好の機会でもあったのですが。

ユニフォームではありませんが、閉会式のとき、まーちゃんはえんじ色のブレザーを着ていました。これはお気に入りで、亡くなるまで愛用したとか。棺の中のまーちゃんに菊枝さんがかけてあげたのもこのブレザーだそうです。

トーチもとくに言及されませんでしたが、外装はステンレス、材質はアルミニウム製で、重さは1.2キロ。筋トレ用の軽いバーベルで1キロのを持ってますが、これを片手にきれいなフォームで走るとか、160段以上の階段を駆け上がるとか、高齢者はもちろん運動経験なければ若い人でもハードでしょう。

織田が「あの階段を年寄りがよろよろ上がってどうする。未来への可能性を感じさせる若い人にしよう」と辞退した。
ー吹浦忠正(『オリンピック101の謎』より)


実際のトーチがどうだったか、こちらの動画で少し紹介されています。



トーチは駒沢公園の「オリンピックギャラリー」で実物を展示していて、手に取れるようです。

1964年東京オリンピックのレールを敷いたのはまーちゃんだったとしても、その上を走る列車は多くの人の力でつくりあげた。
おなじように、『いだてん』はクドカンの作品だけど、ドラマには多くのクリエイターが関わっています。放送期間中、音楽、特殊効果、演出、さまざまなプロのインタビューが配信されました。どの人も「楽しい現場だった」というコメントをしていて、スタッフがノリノリだったことがわかります。『いだてん』はオリンピックの物語であると同時に、それをつくる人々の物語であり、現代のクリエイターのオリンピックでもありました。

とりわけ27パターンもあったドラマのオープニングは楽しかった。大河はおろか、ドラマ史上例がないのではないでしょうか。
また、特殊効果の使い方が自然で、最終回はその集大成でした。クドカンが演じた運転手のタクシーのボンネットに空の五輪が写っていたり、指揮室の窓ガラスごしに風船が舞い上がるところが映ったり、坂井くんが聖火台に立ってトーチを掲げたところを背後から撮ったショットは息を飲みました。

1994年の映画『フォレスト・ガンプ』がオスカーで視覚効果賞を受賞し、VFXといえばSF映画の独壇場という認識が覆されましたが、その技術が4半世紀たって、ここまできたという気がします。

名もない人々が歴史の主役になるとき

ところで、『いだてん』がひと筋縄でいかないのは、オリンピックの物語だけで終わらないところ。落語という庶民の娯楽と架空の人物である五りんこと小松金治とその家系が絡みます。三島家の女中シマちゃんがこんなに重要な役割を担っているとは、第1話の段階では想像もしていませんでした。

シマちゃんは女性スポーツが禁じられていた時代から存在していた、名もないアスリートの代表です。その息子の勝くんは学徒動員で出陣したアスリートのひとり。彼らは関東大震災で被災し、戦争で命を落とした、多くの人々の代表です。天災に巻き込まれ、国策の前ではそれに従わざるをえない。彼らはわたしたちとおなじ普通の人々です。そんな彼らが、語り部になる人物や主人公に関わるのは、このドラマがわたしたち一人ひとりの物語であるからです。

その五りんは国立競技場から芝まで走り、久蔵とおなじく師匠に出入りを許されます。そして久蔵とおなじように芝で折り返して浅草に走ります。どこまでも『富久』の展開をなぞる『いだてん』です。

浅草といえば、シマちゃんが亡くなった場所。64年には十二階に似せた仁丹タワーが建っています。産婦人科の窓からちらっと「村田医院」の看板が見えます。浅草界隈で村田医院といえば、かつてシマちゃんが教えていた竹早の村田富江ちゃんの実家ではないでしょうか。名前も「富恵」で、どこまでも過去の展開をなぞる『いだてん』です。大事なことなので2回繰り返しました。

大事業を成すには一人の人生では短すぎます。『いだてん』の真の主役は亡くなってからもトメクレの座を譲らなかった嘉納先生だと思うのですが、自身の「日本にオリンピックを!」という妄想を実現するには、一代では無理だったのです。本人も過去に言っていたように「150才くらいまで」生きないと。東京オリンピック実現のためにまーちゃんが必要で、まーちゃんの構想を具体化するのに岩ちんが必要でした。

1972年の札幌オリンピック招致では、岩ちんが中心となって活躍します。その頃にはまーちゃんもJOCのトップに返り咲いています。要望があれば、岩ちん主役の『いだてん』スピンオフを書くとクドカンが言っていたので、これは市川崑のスピンオフより実現度が高そうです。ちなみに映画『東京オリンピック』は、お正月にWOWOWで放送されます。もう録画準備は万端じゃんねぇ(笑)。

バトンは引き継がれた

まーちゃんが大切にしていた国立競技場の模型は「俺のオリンピック」でした。まーちゃんは日本でいちばんオリンピックを知っている者は自分をおいて他にないという自負があります。より正確には「俺がオリンピック」ですね。

そういう面が人によっては傲岸不遜にうつり、お人好しゆえに脇の甘さで敵をつくったりします。

ただ、自負が強いだけあって、誰よりも本質を捉えていることも確かです。「人種も民族も宗教も関係なく、ぐっちゃぐちゃ」とか「予選で敗退する選手も参加してよかったと自慢できる大会」など、「ぺ=平和」について、誰も考えていなかった頃からすでにイメージできていました。それは結果的に、選手入り乱れての閉会式の入場として具体化されます。

史実ではそうなることを狙ってカクさんがやったらしいのですが、皆川猿時演じるカクさんなら「たまたまそうなっちゃった」方がらしいということで、わざと設定を変えたとか。

この東京方式が世界的に評価されて、以降の閉会式で採用されるようになりました。つまり、東京は「オリンピックの本質であるを世界に提示して、新しい規範をつくった大会」だったんですね。このことは、もっと知られていいんじゃないでしょうか。

あれから半世紀。来年、また多くのお客さまが海外からやってきます。いまの日本は「いかがですか」と世界に見せたい日本でしょうか。吹浦さんの『オリンピック101の謎』には、前回東京オリンピックは、いまではあたりまえになった公衆エチケットが浸透するきっかけになったと書かれています。その一例として、立ち小便をしない、上半身裸やステテコ姿で外出しない、痰や唾を道路に吐かない、路上で飲酒しないなど…。裏を返せば、当時はこういう姿を見かけるのは日常茶飯事だったわけです。

2020年オリンピックのプロパガンダではないかといわれていた『いだてん』ですが、実態は過去の出来事に重ねて、現代への批評や問題提起になっていました。さらに、大河といえば、よく知られた歴史上の英雄譚であったのを、無名の庶民こそ英雄であるという視点をもたらしました。

前回東京オリンピックから2020年までは56年。これは、金栗さんがストックホルム大会で失踪し、記念式典でゴールした期間とほぼ同じ。
わたしは来年満60才ですが、こうしてみると無名の一市民の人生も半世紀以上となると、やはり世界史、日本史の一部と歩みをともにすることがわかります。

『真田丸』以降、しばらく離れていた大河ドラマが再び「わたしの大河」になった1年でした。そしてそう感じていた多くの人たちとSNSを通じて想いを共有でき、「みんなの大河」を満喫した1年でもありました。

ネタが尽きないいだてん、ではまた総集編のあとで!

参考:
東京五輪の聖火リレー トーチを持って最初に走った男(オリパラ20161.12.27)
ドラマ『いだてん』は「明治人の気持ち」を追体験できる傑作だった!(現代ビジネス 2019.12.21)
前人未到の大河ドラマ『いだてん』はいかにして作られたのか 取材担当者が明かす、完成までの過程『いだてん』取材担当・渡辺直樹インタビュー(リアルサウンド2019.11.24)
いだてん最終回 視聴率振るわずもネット沸騰「#いだてん最高じゃんねぇ」世界トレンドに(デイリースポーツ 2019.12.16)
64年東京五輪「日の丸カラー」の公式服装をデザインしたのは誰か(ヤフーニュース 2016.9.6)
2019年のTwitter上を走り続けた「いだてん」~そこに見えるテレビ視聴の変化~境治/Yahoo!ニュース  2019.12.16)
『いだてん』最高じゃんねぇ! 最後まで見続けた人が勝ち組である5つの理由(Rockin’on.com 2019.12.26)
『いだてん』田畑は東京五輪とどう関わったか 組織委員会の事務総長を辞任しても、「まーちゃん」はやっぱり…… 前田浩次 朝日新聞 社史編修センター長 (論座2019.12.21)
「やりたくてやってるんだ」『いだてん』ヒロインたちの反撃に、現代の私たちがスカッとする理由  人見絹枝、前畑秀子、女子バレーボールチームが変えたもの  三宅 香帆(文春オンライン2019.12.17)


今回のサブタイトル/時間よ止まれ

じつは1972年のミュンヘンオリンピックの記録映画のタイトルが『時よとまれ、君は美しい』なんですよね。世界の映画監督8人によるオムニバスで、市川崑監督が100メートル走のパートを担当しています。
そして、このタイトルはゲーテの『ファウスト第二部』の一節「時間よ止まれ、お前はいかにも美しい」からの引用です。とはいえ、ミュンヘン大会は、パレスチナゲリラによるイスラエル選手11名殺害という、美しさの向こうにオリンピック史上最悪の悲劇も抱えた大会なのですが…。

その市川監督を、過去に大河ドラマを2作書いている三谷幸喜さんが演じました。
『いだてん』のキャスティングには独特のこだわりがあって、俳優業が本業ではない人の抜擢が楽しめました。実際に水明亭の客だったカンニング竹山が主人の役を演じたり、本職はミュージシャンやお笑い芸人の抜擢が光りました。個人的には異業種主演女優賞は、人見絹枝を演じた菅原小春にあげたいです。



『時間よ止まれ』は、矢沢永吉1978年のミリオンヒット。資生堂のCMに使用されました。公式動画がないので、ここは矢沢永吉のコピーをやっているわれらがアンチョビーズの動画を…貼りません!

「時間よ止まれ」のサブタイトルにふさわしく、とうとうまーちゃんも嘉納先生のストップウォッチを止めてしましました。ブログも無事、最終回まで完走、総集編を見た後は、名セリフでふりかえる『いだてん』の魅力について、年明けに書く予定です。『麒麟がくる!』については書きません(笑)。

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