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8月6日に生まれて〜『いだてん〜東京オリムピック噺〜』第46回炎のランナー

大河ドラマ『いだてん』ブログをお送りしています。

東京オリンピックイヤーを迎え、しばらく田畑家から足が遠のいていた組織委員会のメンバーがやってくる。沖縄での日の丸掲揚も認められないし、聖火の最終ランナーとして、原爆が投下された日に広島で生まれた坂井義則を候補にしたいが、上層部はアメリカに忖度して決まらない。一年半ぶりに組織委員会に乗り込んだまーちゃんは、思いの丈をぶちまけて…。最終ランナーに選ばれなかった四三は、嘉納先生の記念碑の前で詫びを入れる。ついにオリンピック前日、坂井くんはナーバスになり、そして東京は予期せぬ大雨に。果たして明日の開会式は?

<あらすじ>いよいよ1964年となり聖火リレーの準備は大詰め。岩田(松坂桃李)は最終走者として、原爆投下の日に広島で生まれた青年(井之脇 海)を提案するが、政府に忖度そんたくする組織委員会で反対にあう。政府はアメリカの対日感情を刺激することを恐れていた。平和の祭典としてのオリンピックを理想とする田畑(阿部サダヲ)は、解任以来初めて組織委員会に乗り込む。アメリカとどう向き合うべきか。外交官出身の平沢(星野 源)が秘策を思いつく。NHK公式サイトより)

『いだてん』スピンオフは、記録映画『東京オリンピック』で?

今回はアヴァンがいつもより短かったのですが、その分、インパクトは十分でした。なにしろ、映画監督・市川崑役で三谷幸喜さんが登場。

セリフはひとことふたことでしたが、ワンシーンで釘付けに。「黒(黒澤監督)さんが辞めて、反対する人もいましたが、亀倉さんのポスターを見て、記録映画も美しく撮ればいいんだなと思い、引き受けることにした次第です」ーこのセリフは実際に市川監督が発言された言葉に則っていて、というか、『いだてん』はだいたいそうなんですけど。


大河ドラマ1本分くらいの裏話は、野地秩嘉さんの『TOKYOオリンピック物語』でも読めます。三谷さんが言うように、これでスピンオフをつくってほしい。高峰秀子役は鈴木京香がいいですね。

この本は、何冊か読んだ東京オリンピック関連本の中でいちばんのお気に入り。オリンピックというと選手や競技に焦点があたりがちですが、この本は競技場だけではわからない、クリエイターがオリンピックをつくっていくプロセスがおもしろく読めました。ものづくりといっても、どちらかというと形のあいまいなものや一般の人には価値がどこにあるかわかりにくいもの(デザインとか料理とかイベントとか映像とかITとか)をつくっている人なら共感するポイントがたくさんあって、自分の仕事に活かせるヒントがたくさんあるのでおすすめです。

「仇名」か「名前」か

郷里で約束したのに、娘の嫁入り姿を父に見せることはできませんでした。実家に帰る、つまりバレーボール選手ではなく、河合昌枝というひとりの女性に対しては、大松監督も「河西」と本名で呼ぶんですね。「ウマ」という仇名はかなりひどいですが、監督と選手として相対するとき、つねに「ウマ」と呼び続けてきた意味がわかりました。

そして、「河西」と呼ばれても返事をしないのに、「ウマ」と呼ばれたときだけ「はい」と言う。選手として扱ってくれと言ってるんですね。それでも、辞めたくなったら、オリンピックの前日でも辞めると答える。続けるのも、辞めるのも、自分に選択権がある。

スポーツ界でも昨今はパワハラ、セクハラ問題が取り沙汰されるようになりました。顔にボールをあて、選手を「豚まん」と呼んでも「辞めたくなったらいつでも自分の意志で辞める」と選手が言えるのは、指導者との間に信頼関係があるからです。パワハラとハードトレーニングの線引きは難しいと言われますが、根底にあるのはやはり人間関係なんですよね。

「さん」か「ちゃん」か

まーちゃんが事務総長の座を追われたとき、ふだんは「まーちゃん」と呼んでいる東龍さんが、あえて「田畑さん」と呼びました。そうすることで「自分はチーム田畑のメンバーではない」と宣言したわけです。

今回、組織委員会に乗り込んで、啖呵を切ったとき、東龍さんは「まーちゃん」と声をかけます。そして深々と礼をして「またいつでもいらしてください。席はご用意します」。

まーちゃんはどんなときでも「東龍さん」と変わりません。そこがまーちゃんの愛すべきところです。『いだてん』ファンはみな安堵したことでしょう。「よかったね、東龍さん」と。

このところのオープニングクレジットで、泳いでいるシーンのあと、立ち止まるまーちゃんの姿が流れていましたが、今回はずっと泳いでいるだけでした。
東龍さんが席を用意してくれ、平沢さんが策を授けてくれて、沖縄での日の丸掲揚も「賞賛に値する」ところに落ち着きました。

その「平沢さん」は「平沢さん」ですよね。だいたい「さん」がしっくりくる人と「ちゃん」が合う人がいますが、「ひーちゃん」とか「和ちゃん」にならないのはキャラクターゆえ。

熱くて、想いは強いけど、ロジックが弱いチーム田畑きっての頭脳派・平沢和重を演じる星野源さんは、菊枝役の麻生久美子さん同様、わたしもファンです。「いつも見てます」と言ってるのは菊枝さんか麻生さんか、ちがう、そう!どっちもだ!

「名前」を呼んで

聖火の最終ランナーに選ばれた坂井くんは、「8月6日」とか「アトミックボーイ」と呼ばれています。それが本人には負担です。本人がうまれる場所や時を選んだわけではないのに、世界平和を負わせてしまうのは、見方によっては大人のエゴかもしれません。

まして坂井くんは、本人が望んだオリンピック代表選考会で破れています。実力が認められたわけではなく、出自で大役に選ばれたことも、アスリートとして敗北という気がするのでしょう。だから「ぼくは坂井です」と叫ぶ。


まーちゃんは選手ファーストと言う割に、坂井くんを「8月6日」と呼ぶし、金栗さんには「ジジイには『ありがとう』で終わりだよ」でバッサリだし、可児さんの顔を覚えてすらいない。コンゴの選手をいつも間違う。

オリンピックという大義の前には、細かいことはぶっとんでしまうまーちゃん。理想が大きいことは素晴らしいんだけど、それゆえに目の前の1人の「顔」と「名前」をよく見ていなかったりします。

いいこというんだけどね!

さて、スピリチュアルの人は、「誰もが日も場所も親も選んで、この世に生まれてくる」と言います。それを素直に信じることはできませんが、かといって安直に否定することもできません。昭和20年8月6日、原爆投下の1時間半後に広島でうまれたことは、単なる偶然だと思います。ただ、昭和20年8月6日広島うまれときいて「平和」を想起しない日本人がいたら、歴史認識がなさすぎるとも思います。

マドンナと名づけられたら、ポップの女王になるしかないし、プリンスと名づけられたら紫の貴公子になるしかない。人は生まれ日や名前に期待を寄せずにはいられません。ロン・コーヴィックがアメリカの愛国者として育ち、車椅子の反戦活動家となったのも、7月4日にうまれたからでしょう。すくなくとも本人たちはそう受け止めていると感じます。

でも、坂井くんは「オリンピックの選考会で負けた坂井義則です」と言う。そこが清々しい。

「聖火ランナーになって期待や注目されたことが、必ずしも楽しいことばかりでなかったことは事実です。その後も僕は競技を続けましたが、必ず『聖火ランナーの坂井』という枕詞がついてきましたからね。だけど、このおかげで多くの方々と出会えました。これは間違いなく僕にとっての大きな財産になっています」(東京オリンピック聖火最終ランナー・坂井義則氏)

東京オリンピック後も現役を続け、1966年アジア大会において1600mリレーで優勝、400mでも銀メダルを獲得。枕詞がつくことに折り合いをつけた坂井くんは、マスコミに追いかけられた経験からメディアに関心を持ち、フジテレビに入社。ジャーナリストとして、テロ事件が起こった2つのオリンピック、72年のミュンヘン、96年のアトランタ大会に関わっていくことになります。

恩を送るために

心からやりたいと望んだ金栗さんにはできなくて、望んでいなかった坂井くんが重責に苦しむ。自分が「やりたい」というより、嘉納先生との約束を果たしたかった金栗さん。他者からの期待は、背中を押す応援にもなるけれど、重圧にもなります。

オリンピックストックホルム大会に参加して、道なき道を開いてきた金栗さんにとって聖火の最終ランナーを務めることは、嘉納先生への恩返しでもあったような気がします。

ただ、恩返しというのは、恩を受けた人にそのまま返せばいいわけではありません。恩人がすでに故人であったり、ご縁が途切れてしまっていたら、かつて自分が受けたことを他の人にすることもある種の恩返しで、恩送りといいます。この時期の金栗さんにとって、後進に道を譲ることこそ最大の恩送りになったことでしょう。嘉納先生は、きっとわかってくれているはず。

この元祖いだてんのすごいところは、最終ランナーの夢が破れても、走り続けるところ。突貫工事が絶賛進行中の東京の街を、相変わらず金栗足袋で走っているじゃありませんか。聖火ランナーになるのは先生との約束のため、でも走るのは自分のためなんですね。そういうことを坂井くんに伝えられるのは、多分、金栗さんしかいないとわたしは思います。

そして、コンゴから若い二人の陸上選手がやってきました。まるでストックホルム大会の金栗&三島を思い出させるように、映像がインサートされます。ストックホルムで受けた歓待を、今度は東京でおこなう番です。オリンピックのホスト国が代わっていくのは、そう考えるとある種の恩送りのような気がします。来年、東京では1964年以来の恩を送ることができるのでしょうか。


今回のサブタイトル/炎のランナー

ヴァンゲリスのテーマ曲も大ヒットした1981年のイギリス映画『炎のランナー』。監督・ヒュー・ハドソン、第54回アカデミー賞では作品賞を受賞。脚本・作曲・衣装デザイン賞も受賞しました。衣装は文句なしに美しく、20世紀初頭のクラシックなアスリートスタイルに惚れ惚れ。ひさしぶりにまた観たくなってきた。

有名な作品なので、説明は不要だと思いますが、1924年パリオリンピックの100m走金メダリスト、ハロルド・エイブラハムズと400m走金メダリスト、エリック・リデルの人種偏見を超えた友情を軸に、オリンピックで活躍するまでを実話をもとに描いた作品。主役も2人いるし、もはやイギリス版『いだてん』か。

1924年パリ大会といえば、金栗さんも出場した大会ですね。そういう時代だったんだなと思って見ると、以前とはまた違った感慨を抱きそうです。

映画の原題は“Chariots of Fire”、炎のランナーではなく「炎の戦車」なんですね。ウイリアム・ブレイクの詩『ミルトン』の序詞からとられており、曲をつけて『エルサレム』という愛唱歌としてイギリスで歌い継がれています。

今回のサブタイトルは「聖火ランナー」=「炎のランナー」という連想でしょう。オリンピックを背景にした作品でしたしね。

オリンピックといえば、2012年のロンドン大会の開会式で、この曲が使われたのを覚えていますか。Mr.ビーンことローワン・アトキンソンが、ウエストサンド沿いを走る有名なシーンに紛れ込むという演出がなされました。残念ながらyoutubeでしか閲覧できないので、こちら(クリックするとyoutubeに飛びます)でご覧ください。

ロンドン大会は開会式・閉会式とも、ほぼブリティッシュロックのライヴイベントでした。わたしもオリンピックの映像作品の中で唯一、公式DVDボックスセットを持っています。開会式と閉会式しか観ていませんけど。

次回はついに最終回。
マリーさんの占いは「大雨」と出ましたが、タロットカードって、まーちゃん方向から見たら逆で「晴天」なんですよね。いつも外れる理由がやっとわかりました。こういう仕込みに唸りますね。
念のため、出てきたカードは順番に、まーちゃん方向から見て、

19 太陽(正位置)
20 審判(正位置)
17 星(正位置)
16 塔(逆位置)

占星術を習った関係でタロットも少しかじりました。それぞれのカードの解説はこちらにあるので、興味ある方は調べてみてください。 
それにしても最初に太陽が正位置で出たのがすごい。これはどうみても「世界中の青空を持ってきたような晴天」ですね。  

ブルーインパルスの面々はボトル追加と言いますが、マリーさんの占いを知っているカクさんは「帰れ!」と言って、店から追い出そうとします。史実では深夜まで呑んだくれて、朝になったら晴れているので大慌てでお酒を抜いたという逸話が残っています。ブルーインパルスは昭和の天狗倶楽部だったという話ね。

ネタが尽きない『いだてん』、最終回も楽しみです!

参考:東京オリンピック開会式の空に五輪を描いた「元戦闘機乗り」たちの夢 :源田サーカスからブルーインパルスへ 神立 尚紀 (現代ビジネス 2019.10.10)

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