人生は、クリエイティブ・ディレクション:50代からの「おしゃれの学校」

成長してる?〜『いだてん〜東京オリムピック噺』第41回 おれについてこい!

大河ドラマ『いだてん』ブログをお送りしています。


東京オリンピック開催が決定。事務総長をおおせつかって、はりきるまーちゃんのもとに才気あふれる人たちが集まってくる。一方で、利権の匂いに吸い寄せられて集まってくる政治家も…。選手村をオリンピック会場そばにつくりたいまーちゃんとはたちまち衝突。IOC総会でひと肌脱いでくれた平沢さんにはアイデアがありそうで…。

この投稿をInstagramで見る

第41回「おれについてこい!」ご覧いただきありがとうございます。 「いよいよ来ますよ、東京オリンピック!」 「これは日本のオリンピックだ。国民のと言ってもいい。変わるんだよ日本は、このオリンピックで」 「これが “ぺ(La paix)” か。これが田畑さんのおっしゃるオリンピックなのかって」 「名もなき、予選で敗退する選手ですら、生涯自慢できるような大会にしたい」 * #いだてん #おれについてこい! #田畑政治 #阿部サダヲ * #岩田幸彰 #松坂桃李 * #五りん #神木隆之介 * #川島正次郎 #浅野忠信

大河ドラマ「いだてん」(@nhk_idaten)がシェアした投稿 –


<あらすじ>
平沢和重(星野 源)の名スピーチで1964年の東京オリンピックが開催決定。田畑(阿部サダヲ)を事務総長に組織委員会が発足する。顧問として大物政治家の川島正次郎(浅野忠信)が参加。川島は東 龍太郎(松重 豊)が当選した都知事選で田畑と対立した因縁があった。メダルを獲れる競技を正式種目に取り入れようと考えた田畑は、河西昌枝(安藤サクラ)キャプテンが率いる大阪の女子バレーボールチームに注目する。(NHK公式サイトより)

人の本質は変わらない

ドラマ時間では、五りんの新作落語“東京オリムピック噺”はとうとう現実時間に追いつきました。ここから先はわからないと五りんは言いますが、2020年がすぐそこまで迫っているわたしたちは、過去になにが起こったか、もちろん知っています。知らなくても、調べればすぐわかります。

なにがおかしいって、予算が足りないとか、遠すぎるとか…2020年も1964年も同じようなゴタゴタをやってるってことですね。

人間の脳は7万年前に起きた突然変異以降、大きく変化していないそうです。歴史は繰り返すといいますが、それは人間の本質が変わらないからでしょう。ただ、人間には学習能力もあるので、歴史に学ぶこともきっとできるはずです…できるんじゃないかな…で、できるよね???

デザインがもたらしたインパクト

わたしは1960年うまれなので、これからドラマで描かれることはリアルタイムで知っていたり、直接影響を受けて育ったことが続々出てきます。

たとえばいまの自分に直結していることとして、今回登場したのが亀倉雄策さん(マエケンが演じると聞いて、カープファンのわたしは現・ドジャースの前田健太が一瞬よぎった)。



デザイン学校のグラフィックデザイン概論やデザイン史で、1964年の東京オリンピックのシンボルマークやポスターについて勉強しました。1979年だから、オリンピックから15年後ですね。

岩ちんに「ただの丸じゃん」なんて言われてましたが、すみません、わたしも最初、そう思いました。

私は少しも迷わず日の丸を選んだ。日の丸の赤が日本だと思ったからである。その赤は昇る太陽を象徴していると思ったからである。。ー亀倉雄策『直線と曲線の宇宙』より


日の丸をそのまま使うと、デザインとしては少し古く、弱くなると考えて亀倉さんは「どーんと」大きな丸にしました。この丸を五輪マークに隣接させることで、ダイナミックな回転造形がうまれました。

デザインって、うわべの装飾に過ぎないと思っている人もいるようですが、もちろん違います。誰が見てもわかる「図案」に、人を誘導する「メッセージ」が込められるているのです。

指名コンペになったのは、公募する時間がなかったからだとか。参加したのは河野鷹思、田中一光、杉浦康平、稲垣行一郎、永井一正と、当時の日本を代表する錚々たるメンバー。ドラマにもチラッと映った候補作は下の動画でご覧ください。実際にはデザイナー1人が3案ずつ提出しています。



コンペに参加したひとりで亀倉さんの後輩だった永井一正さんはこう言っています。

亀倉さんは締め切りを忘れていて、直前に慌てて案を提出していたのをよく覚えています。ところがふたを開けてみたら、採用されたのは亀倉さんの案だった。日の丸を太陽に見立てたこのマークを中心に、五輪のデザインポリシーが決まっていった。ー永井一正 亀倉雄策が東京五輪で示した、デザインの力『宣伝会議』2013年11月号より


このデザインがいまなお世界的に高く評価されていることは、“WIRED”が1924年パリの夏季大会から2022年の北京の冬季大会まで、歴代のオリンピックエンブレムを100点満点で評価した際に、92点の最高点をつけたことからもわかります。1964年東京大会のデザインは、オリンピックエンブレムの金メダルといえるでしょう。

ちなみにその採点をしたミルトン・グレイザー氏(“I ♡NY”のロゴデザインで有名)は、1960年代、プッシュピンスタジオで活躍した、デザイン界のスーパースター。わたしが通ったデザイン学校の特別講師だったので、来日時に授業を受けました。

“WIRED”では、このエンブレムについて、こう評価しています。

適切に仕上げられていてまったく混乱がない。すべての要素が調和しているーミルトン・グレイザー『デザイナーが選んだ「最高の五輪エンブレム」はどれだ? WIWED 』より


2020年のエンブレムについて盗作問題があったせいで、1964年のエンブレムが再注目されました。一時は再使用待望論まで出たくらいです。



どんなにすばらしいデザインでも使い回しをすることには、わたしは賛成できません。デザインには、「いま」という時代が反映されるべきと考えるからです。
あの時代には戻れない。わたしたちは前に進むしかないのです。亀倉さんもこう言っています。

建築でもそうだし、とにかくデザインと名の付くものは、いま作ったものはいま社会に受け入れてもらえなかったら、存在理由はないわけです。100年後にダメだと言われても、それは構わない。いまなんですからね。そこが絵画とは全然違うところです。ー亀倉雄策『直線と曲線の宇宙』より


ただし、名作へのリスペクトはあっていいと考えます。使用しないことになりましたが、当初の佐野研二郎さんのデザインは、64年のエンブレムを意識したものでした。それが是か否かが議論される前に終わってしまいましたが。

それほど後世にもインパクトを与えたデザインでしたが、わたし自身には別のインパクトも。

ぼくは東京オリンピックのマークの五輪をくっ付けたポスターを作りましたが、ヨーロッパ人はどのくらいの時間をかけて、どういう分割で作ったかと必ず聞くんですよ。ぼくは5、6分で作ったというと、信じられないと言うけれども、事実なんです。ー亀倉雄策『直線と曲線の宇宙』より


時間をかけたからといって、必ずしもいい作品ができるとは限らない。授業でいちばんよく覚えてるのは、そこだったりして。
まあ、あたりまえのことなんですが、いいデザインは根性論でうまれるものではないことを社会に出る前に知りました。

まさかバーでは描いてないと思いますが、ラフスケッチを描いていたのが、華道の勅使河原蒼風展のポスターの裏!
このポスターは1954年の作品なので、なぜ?という疑問は残りますが。ラフを描くのだから、スケッチブックでもクロッキー帳でもいいのに、わざわざ本人作品の裏に描かせるのはドラマならではの演出だと思いました。美術スタッフが細かいところまで手を抜いていないのは、作者と作品へのリスペクトだと思います。


余談ですが、いまでは駅や商業施設などでよく見かけるピクトグラム。オリンピックで初めて導入したのは1964年東京大会です。アジア初開催で、言葉がわからなくても通じる手段として採用されたのでした(国際行事でピクトグラムが採用されたのも、これが初)。わたしが学生の頃はまだ絵文字とかアイソタイプと呼ばれていました。
こちらのデザインに関わったのは、『いだてん』のロゴをデザインした横尾忠則さんを含む11名のクリエイター。いまでは全世界共通語ともいえる男女のシルエットをモチーフにしたトイレマークもこのときに誕生しています(トイレマークのデザインは田中一光さん)。

予告動画を見ると、陸上選手のスタートダッシュをモチーフにした2号ポスターは紹介されるようですが、このあたりのことも出てくるとうれしいな。ていうか、オリンピックにまつわるデザイン関連のストーリーだけで、ドキュメンタリーが何本かできそう。

今回は丹下健三デザインによる代々木体育館のパースも出てきましたね。文化人、クリエイターが今回から大勢出てくるので、画面にチラチラ写る小道具も楽しみでなりません。

参加したすべての人に最高の想い出を 

「予選で敗退した選手すら、生涯自慢できる大会にしたい」

リアルまーちゃんは、ロスオリンピックが最高の想い出だったと何かで読んだことがあります。でも、ロスの感動を東京で再現しようとしているだけではないと思うんですね。
ロスはすばらしかったけれど、日系人や黒人は差別されていました。東京は違う。誰もが平等であることが大前提だったはずです。だからこそ「いちばんおもしろいことを東京でやる」意味があるのだから。人の本質は変わらなくても、人はきっとで成長できるはずです…できるんじゃないかな…で、できるよね???


実在した人々のスチールやニュース映像などのアーカイブをふんだんに盛り込んで、自分がいま生きている日常が、ドラマと地続きだということがわかります。あと数回で最終回を迎えるのが残念でなりません。ぜひ、岩ちんを主人公にして、1972年の札幌オリンピック開催までを描いた『続・いだてん』をやってほしいけど、視聴率低いから無理か(泣)。


今回のサブタイトル/おれについてこい!

「おれについてこい!」は、女子バレーボールチームを率いた監督・大松博文さんの著書のタイトル。のちに同名の映画(1965年)もつくられました。大松役はハナ肇、河西昌枝役は白川由美。


大松監督はもう1冊著書があって、そのタイトルが『為せば成る』。日紡貝塚の体育館にバーンと貼ってあるやつです。

東京オリンピック当時、わたしは4才でしたが、それでも東洋の魔女は覚えています(あと覚えてるのはマラソンのアベベと円谷幸吉、そして体操のヴェラ・チャフラフスカ)。

東洋の魔女、とにかく強い!強すぎる!!

強くなるともてはやされるのは世の常で、その後、『サインはV!』『アタック・ナンバーワン』『ビバ!バレーボール』など女子バレーボールをモチーフにした大ヒット漫画が続々登場。『アタック・ナンバーワン』はアニメ化されました。わたしはいまでも主題歌を歌えます(セリフ入りで)。




『サインはV!』は実写ドラマ化され、社会現象を巻き起こしました。ジュン・サンダースが亡くなる回は、日本中が泣きました。
これらは「東洋の魔女」なくしてはうまれませんでした。「スポ根」のはしりですね。

昔を知らない人は、昭和のアスリートは無駄な根性論で間違った教育を受けていたと思うでしょうが、そういう時代もあったからこそ、スポーツ科学が取り入れられ、トレーニング方法や指導法も進化してきました。

人間の本質は変わらないと書きましたが、世界的にも人間は昔に比べて格段に頭が良くなっているそうです。1912年、金栗四三が初めてオリンピックに参加した頃の地球人は、迷信をうのみにしていたし、女性の体はスポーツに向いていないと信じてましたよね。当時といまの一般人の知識には格段の差があります。


次回は『東京流れ者』。
渡哲也のヒット曲で、鈴木清順監督の映画にもなりました。

ネタが尽きない『いだてん』、次回も楽しみです。


参考:
東京オリンピック1964 デザインプロジェクト(インターネットミュージアム)
デザイナーが選んだ「最高の五輪エンブレム」はどれだ?(WIRED 2016.08.09)
亀倉雄策が東京五輪で示した、デザインの力。(永井一正 『宣伝会議』2013年11月号)
再使用待望論が上がる亀倉雄策の「1964東京五輪」エンブレムは5、6分でテキトーに作ったものだった!? (井川健二/リテラ エキサイトニュース2015年10月4日)
東京オリンピックまであと少し。日本人なら知っておきたい巨匠・亀倉雄策さんのデザイン (キナリノ)
ピクトグラムは64年東京五輪で生まれた共通言語(日刊スポーツ 2017年5月14日)

 

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください