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プレゼンの力〜『いだてん〜東京オリムピック噺』第32回 独裁者


大河ドラマ『いだてん』ブログをお送りしています。



ロサンゼルス・オリンピックでスポーツ大国へ大躍進を遂げた日本チームを待ち受けていたのは、歓迎以上に前畑選手の銀メダルを惜しむ声でした。永田東京市長の「なぜ金メダルを取れなかったのか」発言に対し、選手には厳しかったまーちゃんが、このときは声を荒げてかばいます。ところがそれ以上に熱くなった人が…。


<あらすじ>
銀メダルを獲得し帰国した前畑(上白石萌歌)を待っていたのは、東京市長・永田秀次郎(イッセー尾形)らによる落胆の声だった。田畑(阿部サダヲ)は選手をかばって激怒するが、国民の大きすぎる期待に前畑は苦悩する。満州事変を非難する国際世論に反発した日本は国際連盟を脱退し孤立しはじめるが、治五郎(役所広司)らは粘り強くオリンピック招致を目指す。熊本の金栗(中村勘九郎)のもとにはマラソンで九州一周を目指すという青年が現れる。NHK公式サイトより)

いなくなってわかる、ほんとはあなたが好きだった

体協の岸会長は、治五郎さんや四三のように、わかりやすく熱くなるタイプではありません。むしろ、ノリだけであまり現実味のない治五郎さんの大風呂敷を実現するために、見えないところで支えているわけです。

文句もイヤミも言うわりに、選手たちの健闘する姿を見ると、誰よりも感激し、涙を流して健闘を讃える。
ふだんクールだからといって、無感動なわけではないんです。人並み以上に熱いのに、うまく表現できない。自分のそういう面に照れがある。だから、素直に感情を放出できる治五郎さんを「困ったなぁ」と思いつつ「いいなぁ」とも感じている。

最初の登場シーンが「お目付役」っぽくて、ノーマークだったんですが。回が進むにつれて、そんな岸会長と治五郎さんのかけあいは、漫才のボケとツッコミのようで、目が離せなくなっていました。


…ということに気づいたのは、じつは岸会長の遺影がクローズアップになった瞬間です。ロスオリンピック シリーズが楽しかっただけに、今回の急逝で、ああ、わたしはこの人が好きだったんだなあと思いました。



たとえば、池井戸潤の作品でピエール瀧が出てきたら、悪役ですよね。『いだてん』では途中降板しましたが、口は悪いけど気のいい足袋職人のオッサンです。見た目と中身が違う。そこが人物造形の深みでドラマに奥行きを与えている。見ていくうちにだんだん情が移っていくんです。

でも、ちょっとわかりにくい。ドラマ的には勧善懲悪がわかりやすいんですよね。
自分でお金を払って観る有料放送チャンネルや集中できる環境で観る映画ならいいけど、お茶の間で見るテレビはもともと片手間で見るものでもあり、構造が複雑な作品はテレビ向きではないという意見があります。


いやいや、大事なことを忘れてませんか、NHKは有料放送ですよ!


『いだてん』は、国際エミー賞など海外のテレビ賞で評価されるタイプの作品のような気がします。過去に大河ドラマでは『八重の桜』がノミネートされていますが、受賞はしていません。残念なのは、国際エミー賞といっても日本人にはほとんど知られていないことですが(泣)。

プレゼンの本質

第1回で、治五郎さんはストックホルム大会のポスターを見せられます。そこに日の丸が描かれていることに感激し、ついうっかり「オリンピックに参加する」と口走ってしまったのでした(←めちゃ雑な要約)。

以前、これがヴィジュアルのインパクトだと書いたのですが、今回は「日本のよさ」を伝えるために、写真集を作ることが提案されます。

「『ここでオリンピックをやりたいなあ』とその気にさせるんだよ!」

これこそプレゼンの根幹であり、本質です。

ここでオリンピックをやったら楽しそうだと思わせる。
この口紅なら、キレイになれると思わせる。
このスマホがあれば、こんな快適な生活が待っている。
この結婚相談所なら、きっといい相手が見つかる。

…ゴールに導くための道筋はみんな同じです。

ドラマでは治五郎さんのセリフとして登場しますが、当時、世界的には日本がどんな国か知られていないことは、オリンピック誘致に関わった人々の悩みのタネだったんですね。




まーちゃんが言う「誰のためのどういうオリンピックなら、日本はできるのか」「なに期待してるの、オリンピックに」。

誰のためのオリンピックかによって、進む方向が変わる。とはいえ、それが「紀元2600年」という自己都合は、本人的にどんなに自信があっても世界の人々には響かない(関係ないから)。

あー、これって広告つくるときに「うちの製品は、こんなこともあんなこともできて、こんなに優秀!当然買うべき!」って言ってるクライアントに聞かせたいわー。「買ったら自分の生活がどんなに楽しく、ゆたかになるか」響かないと、お客さんの心は動かないんだわー。

それを目に訴える。
かつて目に訴えられた治五郎さんはわかってますね。現代のプレゼン技法と、本質はまったく変わっていません。



これだけプレゼンの本質に迫っている『いだてん』なのに、なぜか視聴率をとるという意味では、局をあげてのプレゼンが効果をあげていないのが不思議です。



【今回のとりこぼし】
杉村陽太郎が登場しましたね。国連脱退のシーンは『フォレスト・ガンプ』みたい。公式サイトで特撮についてコラムが公開されました。


小松は、五りんの父、つまり「りくちゃん」のご主人ですね。水浴びをしてクシャミをする顔が五りんの顔に重なり、「あー、親子だー」と気づかせてくれます。



永田市長は「のびたうどんみたいな顔」と岸会長に暴言を吐かれますが、実際にそう呼ばれていたようです。前畑選手にネチネチと余計なことを言う困ったオッサンですが、イッセー尾形の演技力のなせるわざか、なぜか嫌いになれません。
岸会長が片方だけ二重だったことや「ロサンゼルス」を「ロサンジェルス」と発音していた小ネタも史実どおり。芝居巧者の脇役がチャーミングなので、それぞれが主役のスピンオフを観たくなります。

そして次回は、やはり嫌いになれない拗ね者・美川がひさしぶりに登場。“前髪クネ男”のその後が超たのしみです。


第32回のサブタイトル/独裁者


1940年、チャーリー・チャップリンがヒットラー批判として製作した作品。興行的にはチャップリン最大の成功作。

独裁者に入れ替わった床屋のチャーリーが行う6分間の演説は、映画史上最高のスピーチのひとつ。
スピーチ部分だけでも素晴らしいですが、やはり映画全体を観ると、言葉の重みが違います。

スピードも役に立たず、機械は貧富の差を広げた。知識を得た人間は優しさをなくし心の通わない思想で人間性が失われた。知識より大切なのは思いやりと優しさ。それがなければ機械と同じだ。ーチャーリー・チャップリン『独裁者』より

80年近く前の作品なのに、シンギュラリティが叫ばれる21世紀に全然ずれていない…。


日本では政治を揶揄するコメディは受けません。むしろタブー視されている気配さえあります。
でも、欧米ではコメディアンの役割のひとつはときの権力者に「そのやり方でいいか」考えさせる存在です。

トランプではいちばん強いカードってジョーカーですよね。キングより強い。そこにもジョーカー(道化師、コメディアン)の存在価値が表現されていると聞いたことがあります。

これこそがコメディアンの存在意義。
ホワイトハウス特派員協会の晩餐会にコメディアンが招かれて、過激な政治風刺をするのも、そうした伝統があるからです。もっともトランプ大統領は2年連続で欠席しているし、存続の危機が叫ばれているそうですが…。



さて、次回のタイトルは『仁義なき戦い』、個人的には文ちゃんより健さん派じゃけん!(違)
ネタが尽きない『いだてん』、次回もたのしみです!


※タイトル画像キャプチャ:NHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』公式サイト

 

 

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