出典:https://www7.kobe-np.co.jp

1995年1月17日。

あの日から21年がたちました。


神戸新聞が「震災の前日」をテーマに投稿を募集していました。

誰もが、まさかあんなことになるとは思わず過ごしてたんですね。

わたしも前日、16日のことをよく覚えています。

連休の最終日でしたが、出勤していました。

勤務先は神戸・元町でした。

じつは、その数日前から自分史上最悪の頭痛に悩まされていました。

杭でも打ち込まれているかのよう。

まさに割れるような痛み。

わたしは頭痛もちではありません。

かるい頭痛なら鎮痛剤を飲めばすぐおさまります。

でも、このときばかりはなにを飲んでも効きませんでした。

 

 

痛みが3日ほどつづき、絶えられなくなって、かかりつけの医者に行きました(ちなみにこの先生は中島らもの『ロバに耳打ち』に登場する方です)。

風邪でも、寝不足でもなく、思い当たることはありません。

体調も頭痛以外の不調はありませんでした。

「原因不明の頭痛か・・・きょうはキミで二人めやな」

先生は太い声で言いました。

頭痛薬を処方されても、まだ痛みはつづきました。

ところが忘れもしない、震災の1日前。

痛みはピタリと治まりました。

薬がようやく効いたのか、自然に治まったのか。

いまもわかりません。

ただひとつ、あとになって驚いたことがありました。

地震前に耳鳴りや頭痛に悩まされた人が大勢いたことを。

そう、あの日、病院を訪れたわたしたち二人以外にも・・・

地震と体調の異変に関連があるかもしれない。

そう考えている研究者もいる—新聞はそう伝えていました。

いずれにせよ、16日はひさしぶりに気分スッキリ。

三ノ宮の高架下で1杯飲みたい気分を押さえて、家に帰りました。

あの日の神戸は空気が澄んでいたのか、赤提灯がにじむように眩しかった。

夜空を見上げて、星がきれいだな、そうか満月なんだな、と思っていました。

 

ulrikebohr570 / Pixabay

 

そんな震災前日でした。

震災を体験するまで、“死”はどこか他人事でした。

自分だっていつかは死ぬとわかっていますが、実感がなかった。

実感して初めて気づきました。

死についてまともに考えられないのは、命の重さを知らないからだと。

いつかはわからない。

でも、いつか必ずその日は来る。

 

考えてみれば、わたしたちの人生は、毎日が震災の前日のようなものかもしれません。

 

満月を見ると震災の前日を思い出すことがあります。

そのとき、アタマにふと、よぎります。

もしも明日がその日なら—。

 

では、本日もアドバンストな一日を。

 

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miyuqui yamada

講師、講演家、コンサルタントなど人前に立つ人の外見と内面を装いでイメージアップする専門家。 34年間クリエイティブ業界において、アパレル、化粧品、流通大手企業をクライアントに、広告制作・販促・編集企画のディレクターとして、数百回のプレゼンと2500名以上の成功者の取材・寄稿に関わり、「勝つ人」「成功する人」の外見に興味を持つ。92〜95年、外資系化粧品会社にて2000名以上の女性にメイクとファッションのセミナーを実施。2014年STYLE&PLAN設立。自身のプレゼン、講師経験をもとに衣装を担当したクライアントがセミナー講師コンテスト入賞・優勝を続々と果たす。その勝率は8割。「セミナー講師、服装」の検索においてはGoogle検索1位。