何度も「山口小夜子さんのファンです」と書いていますが、また書きます。

大ファンです。

映画には彼女と親しかった名だたる著名人が登場します。

この小文(長文だけど)は、一般人の代表としてのわたしがみた、小夜子さん像です。

 

昨年、東京都現代美術館の『山口小夜子 未来を着る人』展に行きました。

写真集も本もたくさん持っているし、舞台も映像作品も見てきました。

この映画を観て「知らなかった!」「意外、そんな一面があったなんて!」・・・てなことはあまりありませんでした。

だからつまらなかったのではなく、だからすごい、という話です。

 

昨年、東京都現代美術館で開催された『山口小夜子 未来を着る人』展のinstagram投稿。映画にも小夜子マネキンが紹介されます。

 

 自分のことを“山口小夜子さん”と呼んでいた理由

しつこくて申し訳ありませんが、自慢なのでまた自慢します。

小夜子さんに取材したのは一生の想い出です。

そのときに感じた印象は、彼女をよく知る方がたが映画で語っていた印象と“ほぼいっしょ”です。

 

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オーラがすごい。

日本のミューズ。

静かで慎ましい東洋人。

火星から来たような。

かぐや姫。

ものすごい努力家。

行動のひと。

前に出る力の大きさ。

表現したいエネルギーが世界レベル。

感性が年をとらない。

大人の顔をした少女。

 

1時間ほどの取材でしたが、それらをすべて見せてくれました。

実際、取材前に「なんでも聞いてくださっていいのよ」とおっしゃたことも覚えています。

なんて出し惜しみしないひとなんだろう、と思いました。

 

取材時に自分をさらけ出せるひととそうでないひとがいます。

性格的なものだったり、戦略的なものだったりもしますが、著名人でない場合は単に取材慣れしていないからにすぎません。

 

小夜子さんクラスになると、取材は日常茶飯事です。

なにをどう言えばいいかなんて、記者よりくわしかったりします。

適当に流すことだってできるでしょう。

でも、包み隠さず、「さあどうぞ!」って、見せてくれたんだなぁと映画を観て、ますます感激しました。

 

もちろん、わたしが感じたのは小夜子さんという銀河系のほんの一部にすぎません。

わたしにもっと感じとる力があれば、さらに多くを受けとめることができたでしょう。

 

小夜子さんの印象が彼女に近しいひとたちと変わらなかったということは、映画でも語られているように、“山口小夜子さん”としての自分のイメージをコントロールできていたからともいえます。

いまでこそ矢沢永吉の名言、「オレはいいけど、YAZAWAがなんて言うかな?」に通じるものを感じますが、当時のわたしには気づくことができませんでした。

 

1984年(昭和59年)発行の写真集『小夜子』(文化出版局:刊)、じつは2冊所有。こちらは撮影した横須賀功光さんにサインをいただき、もう1冊には取材した日、小夜子さんからサインをいただく。すでにおふたりとも鬼籍のひとに。

 

取材したのは山本寛斎さんのもとを離れ、勅使河原三郎さんとダンスを始めた頃。

 

じつはこのとき、勅使河原さんも取材しました。

勅使河原さんは知的で求道的な、ダンサーというより禅僧のような雰囲気をおもちでした。

当時はスキンヘッドではなかったのに・・・

 

カメラマンがレンズを向けると、即興でパフォーマンスが始まりました。

シャッター音にあわせてポーズを変え、モデルとしても秀逸でした。

編集者が選んだのは、箱に押し込められたようなポーズをとっていたものだったと思います。

どのカットもステージのワンシーンのよう。

“表現するひと”の真髄をみたような気がしました。

 

小夜子さんも“表現”をつきつめたひとだったので、その点でおふたりがとてもリスペクトしあっていることがわかりました。

 

東京都現代美術館『山口小夜子 未来を着る人』展より。写真出典:JDN 「山口小夜子 未来を着る人」、未だ終わらない物語 横須賀功光撮影の資生堂ベネフィークのシリーズ広告。70年代なかば、雑誌ananのセンターに掲載されていたもの。カラー広告全盛時にモノクロの静謐な世界が斬新。小夜子さんの大ファンになったのはこれがきっかけ。当時中学生。毎号入るこの広告が楽しみで、切り取って保存していた。ファッションが好きだったけど服づくりではなく、ファッション広告や編集に進んだのは、こういうのに多大な影響を受けたせいだと断言できる。小夜子さんや横須賀さんがいなければ、いまのわたしはない。

 

自分を“無”にできるからこそ、個性が際だつ

映画で印象的だったエピソードを紹介します。

小夜子さんはモデルとしてもパフォーマーとしても“身体表現”を極めたひとです。

個性も強烈です。

にもかかわらず、ステージに立つとき、小夜子さんは自分を“無”にするんですね。

 

服が自然にどこかへ連れて行ってくれるんですね。

「こういうふうに足を出したらいいよ」とか、「こういうふうに手を持ってくと、この服がこう見えるよ」っていうふうに・・・

 

圧倒的な個性と存在感は、自分らしさにこだわることではなく、自分を消すことでうまれる。

これは究極の教えです。

 

じつは自分らしさへのこだわりから表現された個性なんて、薄っぺらいものにすぎない。

この1、2年、考えてきたことにひとつの答えが得られました。

 

 これから始めようとしている「なりたい“あなた”になる講座」でも、ここがいちばんのキモになりそうです。

“氷の花火”とは、大胆かつ繊細な小夜子さんをとてもうまくとらえた比喩ですが、わたしにとってはこれからも松明のような存在でありつづけるでしょう。

 

では、本日もアドバンストな一日を。

 

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miyuqui yamada

講師、講演家、コンサルタントなど人前に立つ人の外見と内面を装いでイメージアップする専門家。 34年間クリエイティブ業界において、アパレル、化粧品、流通大手企業をクライアントに、広告制作・販促・編集企画のディレクターとして、数百回のプレゼンと2500名以上の成功者の取材・寄稿に関わり、「勝つ人」「成功する人」の外見に興味を持つ。92〜95年、外資系化粧品会社にて2000名以上の女性にメイクとファッションのセミナーを実施。2014年STYLE&PLAN設立。自身のプレゼン、講師経験をもとに衣装を担当したクライアントがセミナー講師コンテスト入賞・優勝を続々と果たす。その勝率は8割。「セミナー講師、服装」の検索においてはGoogle検索1位。