“おしゃれの学校”のやまだみゆきです。

 

1995年、神戸ではたらいていたわたしにとって、1月17日はやはり一生忘れられない日です。

 

おなじことを書いている気がしますが、書くことで心の整理をしていると毎年思います。

それでも22年もたてば、その日の記憶やいっしょに過ごしたひとたちとの想い出は、すこしずつ風化していきます。

1年365日中、362日くらいはもう思い出すこともなくなっています。

 

決して忘れたわけじゃない。

いま、たいせつなものと比べて価値が下がったわけでもありません。

ただ、別の引き出しに移した―という感じです。

 

 

よく考えてみたら、あれが原点だった、という日があります。

 

職場のあったビルは解体するほどでしたが、自宅は兵庫県内でも大阪に近く、大きな被害はありませんでした。

揺らいだのは、仕事に対する自信でした。

生きるか死ぬかというときに、ファッションやビューティやクリエイティブやアートなんて、意味をなさない気がしたんです。

 

そんな頃、関西のロックバンド、ソウル・フラワー・ユニオンが神戸でライブの出前を始めました。

そこでうまれたのが、“満月の夕”という歌です。

これまで感情を押し殺してきたひとたちが、震災後、初めて心から泣けたという報道がありました。

 

2011年、東北の震災があったときは東京を中心に異様なくらいの自粛ブームが起きました。

でも、神戸のときは(ちょっとはあったけど)、そこまでじゃなかった気がします(ですよね?)。

 

被害を受けなかったことが、なんとなく後ろめたい…

そういう気持ちが「はしゃいではいけない」空気をつくってしまったんじゃないか。

でも、当事者には関係ない。

音楽はむしろ浄化作用をもたらしたように感じました。

 

ミュージシャンはすごい。

じゃあ、ファッションやビューティはどんなふうに関わっていけるんだろう。

答えを出せないまま、年の暮れが近づいてきました。

 

 

すっかり年末の観光イベントになってしまったルミナリエですが、もとは震災の犠牲者への鎮魂が目的でした。

このときくらい美しいものに心から癒されたことはありませんでした。

 

美しいものは、ただ美しいというだけでひとを救うことができる。

 

この経験が、いま仕事をつづける原動力のひとつになっています。

美しいものをつくったり、ひとを美しくしたりする。

そういう仕事に関わっていることそのものが、自分にとって意味のあることだと。

 

 

わたしにとって、1月17日は、ある意味で原点といえる日です。

1年を新たな気持ちで迎え、年末、神戸ルミナリエの光を見ながら「あのときの自分に対して、胸がはれる年だったかどうか」を尋ねます。

 

あの草原の輝きや草花の栄光が帰らなくても
嘆くのは止そう
残された物の中に力を見出すのだ
かつてのあのまばゆい輝きが
今や永遠に奪われても
例え二度と戻らなくても

—ウィリアム・ワーズワス(『頌歌―幼少の思い出に見る不滅の生命の啓示』より)

 

では、本日もアドバンストな1日を。

 

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miyuqui yamada

講師、講演家、コンサルタントなど人前に立つ人の外見と内面を装いでイメージアップする専門家。 34年間クリエイティブ業界において、アパレル、化粧品、流通大手企業をクライアントに、広告制作・販促・編集企画のディレクターとして、数百回のプレゼンと2500名以上の成功者の取材・寄稿に関わり、「勝つ人」「成功する人」の外見に興味を持つ。92〜95年、外資系化粧品会社にて2000名以上の女性にメイクとファッションのセミナーを実施。2014年STYLE&PLAN設立。自身のプレゼン、講師経験をもとに衣装を担当したクライアントがセミナー講師コンテスト入賞・優勝を続々と果たす。その勝率は8割。「セミナー講師、服装」の検索においてはGoogle検索1位。